アインシュタインLOVE




みどころ




1912年のアインシュタインの手書き草稿を展示。これは残存している原稿(タイプ原稿ではなく、手直しがされていて、思考過程がわかる原稿)として完璧に残っている唯一のもの。
1912年、アインシュタインは、物理に関する様々な進歩を盛り込んだ書籍の中の一章として掲載する目的で、特殊相対性理論の評論を依頼されました。
この依頼に対し、1905年に初めて発表した特殊相対性理論の単なる要約に留まらない72頁にわたる長文原稿を提出しました。これが特殊相対性理論についての最初の原稿です。丁寧に手書きされたメモ、数式の数々は幾度と推敲され訂正されました。言葉や文章は横線で消され書き直されています。最も有名なE=mc2の方程式も書き綴られています。
これを見れば誰しもが、執筆に取り組むアインシュタインの姿を想像できることでしょう。


日本の構造力学の先駆者で、「ラーメン新論」や「ラーメンターフェルン」などの著書で世界的に知られるシビル ・エンジニア、鷹部屋福平が、榛名丸でアインシュタインの知己を得ていました。
直筆の日記が発見されたことにより、アインシュタインが、日本の旅行中に思考を 始めたと思われる、「統一場理論」の計算をしていたことを、当時29歳で、ドイツ 語が堪能であった鷹部屋が目撃していることがわかりました。
日記には、大正12年1月3日から1月31日までの船上での交流が記録されていました。 その日記によるとアレキサンドリアからベツレヘムに向かったアインシュタイン夫妻は、鷹部 屋にドイツの出版社を紹介しさらに留守宅へ届けるよう数冊の書籍 と手紙を渡しています。